風の音が聞こえる

「旋律破綻」管理人の日記と書評を中心に

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キャシーとヴァレンタインデー
たまには季節に合ったものをと、突発的に書いてみました。
結果として、私に小話は向いていないと悟ることができました。おとなしく本編の続きをに戻ります。
ちなみに、本編ではまだ8月。半年後もまだお隣さんにいるの? 二人の関係はそのままなの? という辺りは横に置いたパラレル話だと思って、お読みください。

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キャシーとバレンタインデー

 今日は……。
私は、手にしていたペンを止めた。私が書き込もうとしていたのは、手製のカレンダーだった。こちらにきて一週間ほどたった頃に作ったもので、カレンダーが示しているは、今いる世界の一年ではなく日本のものだ。元の世界に戻るまで長期化するなら、その時差を示す資料が欲しかったのだ。曜日は当然ながら、覚えている限りの祝日も書き込んだそれは、我ながらなかなかの出来だと思う。
 朝起きて一番初めの日課としている今日の日付を○で囲もうとしていた、手が止まる。今日は、2月14日。何か、特別な日だったような気がするが思い出せない。祝日? そういえば、2月は建国記念日があったはずだ。それが、今日だっただろうか。違うような気がする。節分は2月3日であっているはずだし。
 2月14日……。
 ふいに、閃きがやってきた。そうだ、ヴァレンタインデー!
 良かった。思い出せた。元の世界にいれば、この時期デパートもスーパーもコンビニも全てにチョコレートが並ぶ。今年はそれが無かったから、思いだせなかったのだろう。家にいた時も渡す相手と言えば、父と弟くらいのもので、大して縁があったわけでもない。女子としてはあるまじきことかもしれないが、私の状況を考えれば仕方のないことだ。だいたい、ここでは渡す相手もいないのだから……。いや、違う。いない、こともない。渡したい相手はいる。
 アーリク。
 彼に、チョコレートを渡す。
 ふいに思い浮かんだそれは、とても良い考えのように思えた。
 元の世界でならヴレンタインにチョコレートを渡すというのは特別な意味を持つ。とてもではないが、私は渡せないだろう。しかし、ここでは違う。アーリクはヴァレンタインを知らない。今日がその日だということは勿論、その意味も。
 自分の思いつきは、単なる自己満足だという自覚はあったがそれでも構わなかった。
 なんだか、心が浮き立つようだ。私は、足取りも軽く階下へ向かった。

:::

 板チョコに生クリーム、バター、ココア。材料は完璧。
 彼には、このチョコレートの意味が分からないのだ。手作りだとしても、問題はない。父の要望で毎年手作りしていたこともあり、レシピはだいたい覚えている。心配なのは分量だが、生クリームもバターも入れすぎなければ大丈夫のはずだ。
 甘い、甘い、とろけるようなチョコレート。
 美味しくなりますように。
 食べたら、笑ってくれますように。
 彼が、甘いものが好きな人間で良かった。
 丁寧に、ゆっくりとチョコを刻んで溶かす。
「甘いにおいがする」
 それまで、私がいることすら気づいていない様子で本を読みふけっていたアーリクが呟いた。
 どきりとして、私は手にしているボールを隠したい欲求に駆られた。
「なんだ、チョコレートかい? 珍しいね、あんたが菓子を作るだなんて」
 本を置いて、台所へと近付いてくる。
「そ、そうかしら?」
「そうさ。あんた、前に作らないのか私が聞いたら本職が作る方がずっと美味しいから買ってくるって、とっとと出て行ったじゃないか」
「あれは……貴方が悪いんでしょう。私が作ったらお茶と一緒でものすごい苦いものが出来るに違いないとか、文句ばかり言うんだもの」
「文句じゃなくて予想だよ」
「同じだわ」
 彼は、私にいったい何を期待しているのだろう。とびきり苦いチョコレート。いいや、違う。アーリクは私には何も期待していない。手の中のチョコレートをぶちまけたい気分だ。手作りしようだなんて、思わなければよかった。大人しく買ってくればよかった。その方が、きっとずっと喜んだだろう。
「違うよ。キャシーあんた、全く分かってないね。私はあんたならどんなお菓子を作るんだろうって、楽しみにしていたんだ。ようやく、今日それが食べれるっていうわけか」
 言うが早いか、彼は行儀悪くその整った指をチョコレートの入ったボールの中に突っ込んだ。制止する間もなかった。
 非難しようと私は口を開きかけて、そのまま止まる。当然だろう。アーリクが、私にとってお隣さんと並ぶ世界で一番素晴らしい容姿を持つ人間が、とびきり素晴らしい笑顔を浮かべていたのだから。見惚れないはずがない。
「あまい」
 それが、私の目を見てのことならなおのことだ。欲しい言葉は、甘いではなくて美味しいだが、この笑顔を見れば彼が十分に満足していることは見てとれる。意味もなく、馬鹿みたいに笑いたくなってしまったので、私はわざと怒った顔をした。
「やめて! まだ熱いんだから、危ないでしょう」「熱くなかったけど」「そういう問題じゃないの。だいたい、まだ作りかけなのよ。味見にしてもせめて手を洗ってからすべきだわ。さぁ、向こうに行ってちょうだい。出来上がったら貴方にもあげるから」
 私は半ば強引にアーリクを追い出した。不満げな顔をしながらも、再びいつものソファに戻っていく。どうせ数分もしないうちに、その本に夢中になることは分かっている。それでいい。
 
 今日は2月14日。ヴァレンタイン。でも、アーリクはそれを知らない。彼にチョコレートをあげたとしても、一ヶ月後のお返しは期待できない。だから、代わりに今日のうちにお礼をしてもらうのだ。とびきり甘いチョコレートで、彼の顔を溶かすことが出来たなら、それこそが私に対する一番のお返しになるのだから。
 みていなさい。私はボールを持つ手に力を込めた。
| 22:12 | 言葉の足跡 | comments(1) | - |
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Comment
tompouce (2009/08/15 4:47 PM)
何度かお邪魔しています。こんにちは。
ネット環境から離れていたのですが、久々にキャシーとアーリクに会えるのを楽しみにしてきました!
バレンタインネタ今頃読んでにやにやしました、ありがとう。
Write?